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:2014年夏 初のスイストラベルパスを活用した自由設計旅行を夢想~[基本設計]

​:具体的に設計して見れば、余りの素晴らしさに自身が感動~[実施設計]

:単独行のつもりが、自身が惚れたことで、誰かを誘おう!~[彼との弥次喜多]

:天候にも恵まれ、秀逸な日々を堪能~2020年から新コロ禍中渡欧が不能~[7年後;2022年9月本特別サイト完]

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:2020年シーズンから、新コロ禍中で、カヤック出艇が急増

​:サン・モリッツにカヤックを持参し、湖カヤックを想起|出艇地等具体的な達成感!

 & グリンデルワルト連泊で、湖・運河カヤックを想起~達成感!!

:2021年7月、日本の海外=沖縄・サンゴ礁の海でのカヤック三昧を想起!

 ⇒沖縄は新コロ緊急事態宣言で没:地元で、新コロワクチン集団接種に寄与

:2022年7月に、沖縄・名護市を起点にカヤック三昧を達成~7/14 スーパームーンの大潮(干潮)に困惑!

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:2023年7月初旬に2週間のスイス行を想起~が、同戦略戦争の終結が見通せず、かつ、町内の区長当番で没!

​:同期間に1週間の沖縄再訪を計画(カミサマ否定せず)~小潮の時期主体で再度の貴重な漕艇!

:沖縄は2022/10下旬単独行・カヤック、2023/1下旬・初めて夫婦・レンタカーで観桜を含め、想定地界隈を堪能

+7月の沖縄連泊+2連泊でのカヤック三昧企画/72歳超で沖縄3回!

:2024年7月は(プーチンの戦略戦争終結後でもあり)2週間のスイス単独行~歩きとカヤックを達成!/73歳

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:1950/9/25 簸川郡(~1955年に平田市)平田町で出生。乳児期から虚弱で、小3までは疾病を繰り返していた。とくに、乳児湿疹(~アトピー性皮膚炎)、喘息性気管支炎(~小児喘息)で、母親を悩ませ続けた。

 小4から学校の病欠が止んだが、一方、前後して(終戦末期に召集され、終戦後にソ連で捕虜生活を2年生き延びた気性が激しい)父親からの心理的・身体的虐待(+母に対するDV、父と実母の言い争いもDVの類)が続いた。身体的虐待、即ち、殴られる暴力の発端は2歳下の弟との喧嘩!兵隊時代に被っ叩打たと話した通りの方式で、「並べ!」と横並びに直立させれれ、平手での頬の往復ビンタ、拳骨での頭の叩打・・・。長じてからは、平手が痛いと、スリッパでのビンタ!拳骨は「頭・大脳が傷ついたら困る」と、母が父に泣きすがり、中止を求めた。結果、背中を向けさせられ、「尻を突き出すように背を屈め!」として、臀部を素手、素手以外の何かで叩かれた。当然、父親の顔色を見る・・・など、心理的にも虚弱で、自己肯定感・自己満足感は無縁の成育だった。

※ 救いは、婿として大谷家に入った温厚な祖父の存在だった。幼児期から救いの触れ合いが続いた。が、祖父が息子である父親、妻である祖母に歯向かうことは・・・なかった。記憶がない。温厚、即ち、気弱? 祖父は爪噛みが続いていた。(見様見真似で?)気づけば、小生も爪噛みをしていた。

(爪噛みが完全に止むまで、約半世紀を要した!:現時点でも爪の短小変形が後遺症としてある。幸い、子どもたち3人は爪噛みが、極一過性にあった程度で、爪の形状は健全!~自身の救いの一つ。)

:たまたま教科学習は出来た。小6で学芸会の主役をさせられ、卒業式では教師に感謝の意を述べる役を押し付けられた。中1で担任の数学教師・満田先生に出会ったことは大きな転機!(小学校2年生以降、三・二学期の級長だったが、)平田中学校では何故か一学期の級長を指名され戸惑った(:全学年での成績は、是とする順位)。中2になり、担任が若い女先生となり、さぼりにさぼった。成績は急降下!で、中3で再び満田先生担任となり、成績急上昇!とくに、数学は満田先生が是とされ、試験問題作成ゴッコをするなどで、高校の教科書も提供された。

 平中で成績が良い生徒は、出雲高校に進学するのが習わしになっており、一畑電車で通学した。担任(英語)との気が合わず、さぼりだした。幸い、仲間との情報授受に救われた。自身、怪訝に思ったのは、「地理」で、皆に教えてもいた。試験で点数も良く、仲間は「勉強していないのに何故?」と問われ、小生は「何故、点数が取れないのだ?」とのやり取りも。

 自身、晩稲で、進路は全く定まらなかった。医学部の話が出て、気にし始めたら、鳥大は社会の選択科目に地理があった。国語、英語、数学、物理、化学と社会の選択が地理で、入試が楽だった。即ち、数学、物理、化学はOKで、これに地理が加わった。(単純な記憶教科と揶揄していた受験の世界史・日本史を毛嫌いしていた。)英語はダメ、国語(:詩、古文・漢文)はさらにダメで、勉強する気が萎えるほどの“えけず”で、今に至っている。

※ “えけず(・いけず)”(出雲弁でいたずらっ子的な意味)で、小学校時代に校長室の前に立たされたことも・・・。高校時代は明らかに小生責任でないのに、拳骨で小生の頭をブン殴った地学教師も居た!要するに、授業中にも、おそらく反抗的な言動を重ねていてのことだろう・・・。拳骨で殴られた詳細は覚えていない。倫理でも教師と言い合った。とどの詰まりは「お前は宗教家だ」と言われて、御仕舞!この内容は今でも覚えている。教師は「キリスト教、三大宗教が優れており、多神教が劣る」との立場で、小生は一神教のキリスト教、イスラム教は戦乱・殺戮を繰り返し、植民地化し、搾取して来た文化で、一方、日本のカミサマは自然に対する畏敬の念を・・・」。今も、軸ブレ無しの小生の理解で、屋台骨です。仏教も世俗では葬式仏教・・・!論じ始めたら、際限がなくなるので留め!例えば、仏教での「他力・自力」の本質は・・・。キリスト教の祈りの本質は・・・。

孫娘が作品とメッセージをくれた。

:医学部に合格(現役の際は、東大紛争で、東大の受験がなくなり、・・・で、浪人!1970年度の合格~この際も、建築に関心を抱き続け、二期校を福井大学工学部建築学科を受験した。試験時間120、150分は、90、120分で会場を退出した。が、合格!~それなりに悩んだが、「建築ではタコ部屋・・・、先の保証がない、が医学部で医師になれば・・・」と諭され、医学部)

 入学後は鳥取市の本学で2年間の医学進学過程を経て、米子市の医学部で4年間が基本だった。が、一浪(人並み)合格の身で、“えけず”ゆえ、面白くない(マンネリ・感動がない)授業に出ず、が、試験は優・良・可の優が大半で、取れるだけの多くの単位を取得し、2年目は授業自体も減り、クラブ活動に邁進した。

 1年目はヨット部とマンドリンクラブ~明るい間はヨット、日暮れ時からはマンドリン:2年目を迎える際に、両部の先輩が「どちらか一本にせぇ!」と。で、ヨット部に傾斜していた。

 1971年度当初、ヨット部の先輩が「女の子のマネージャーを誘え!」と。で、学館前で(:日焼けで黒く、汚い服で)誘いをかけている際に、ステキな(:宝塚の男優・女優の二人に見えた)娘と出会い、声をかけたが、一瞬で避けられた。

 マンドリンクラブの合奏練習後、基礎練習を終えた1年生が加わり、ミーティングとなるが、あの娘が居た!で、ヨット部の背の先輩に「スンマセン、マンドリンクラブ一本にします」と、態度を急変させた。

 新入生歓迎企画で、十六本松に出かけた。湖山から自転車で出かけた小生:わが自転車に憧れの娘が「先輩、貸して!」と。勿論、「是」だが、ナ何と、あの娘のお尻がわが自転車のサドルに・・・。

 学年が違うので、その後は、遠目に認める程度だった。年末には恒例の部内演奏会で、班に分かれて小合奏:何と、あの娘と同じ班となってシマッタ!かつ、小生がコンマス席で、彼女が隣に座るのが何故か定着:小生は・・・。そして、部内演奏会、忘年会を終えた後、年末年始は某小学校の当直バイトを6日間:あり得ないことだが、大晦日に彼女が学校に電話をしてきた。(スマホ、ガラ携のない、固定電話時代)要件は「マンドリンを教えてくれ」と。で、父親が運転する車で、両親が学校近くで降ろし、1972年元旦に、初めて二人っきりになった!小生「①貴女に好意を抱いている。②貴女が今居ることは、小生を否定していない。③小生は貴女と結婚する」と、三段論法で話した。その後、50年以上が過ぎた。

 医学部でもマンドリンクラブ主体で、授業をどうやってサボるか、テストの点数をどうやって取るかの悪知恵を働かしていた相変わらずの“えけず”だった(:転じて、情報収集し、活かす大脳作業)が、3年生でポリクリ(臨床実習)が始まって間もなく、脳神経小児科の竹下研三先生との出会いがあり、一方的に恩師とした。卒業後、脳神経小児科に入った。教室での研究は、歴史的に最低の劣等生!

 2年目に一般小児科研修目的で、鳥取県立中央病院勤務をした。この際、ハイリスク新生児の脳障害予防の観点が芽生えた。3年目の前半、竹下先生が専門とされた電気生理において、簡便な方法で末梢神経電動速度を・・・。で、後半は国立療養所松江病院で、当時、最新鋭の機種を導入され、データを得ることを指示された。そして、4年目に「大学に戻り、電気生理の研鑽を継続せよ」とのお達しだった。が、新生児医療への願いが大きい“えけず”子であり、教授の方針に反して、大阪に出かけた。当時、鳥取のハイリスク新生児医療は後進だった。研鑽は、自身にとって正解だった。

 詳細は略すが、1981年度に鳥取県立中央病院勤務となった。(→小児科部長、初代・副院長格の医療局長)

 智頭病院にS先生が勤務しておられたが、ご家庭の事情で退職された。その後、間もなく、時間外診療の際(きっと、NICUにいて、子どもの急患だから診てくれとの要請を受けた際)、単なるウイルス血症であり、内心「何で、単純な病態での時間外受診・・・」と、確認したら病院新患で、住所が智頭町・・・とあった。で、思わず、母親の顔を見たら「智頭では子育てが出来ない!」と言われ、胸にグサリ!

 その後、後輩等に声掛けをしたが、誰も是とする小児科医を得られず経過した。一方、鳥取県の片山知事の二期目は無投票となり、3月末の人事は小さく、7月人事が主体となった。「病院局の充実」を医療局長として進言していたこともあってか、内々示を見たら「是」で、思案し、7月になってから、院長に「智頭病院小児科医が不在;自身、管理職の継続も是だが、小児科医としての地域貢献にも心が動く・・・」と話したら、「分かる」と、で、「智頭病院長に電話をして良いか」と話したら、是と。

 智頭病院長に電話をしたら「明日からでも来てくれ」と。医療局長人事なので新年度当初との理解をして温存だが、智頭病院・智頭町の願いが強く、結果、病院局・県とのやりとりで、2003年11月1日の異動が決定した。前日14時に知事室に来るようにとのことで、行くと、片山知事から「県行政の推進に貢献された業績はまことに顕著」としての感謝状が授与された。

 片山知事からは「夢フェスタとっとり(第17回国民文化祭・とっとり2002)にご出演いただき本採点の成功に大きく貢献・・・」としての感謝状も授与されている。(どちらも県知事が県職員に感謝状授与であり、通例とは異なる!)

※ 知事からの表彰状「東部地区第1位」も(笑)

:2022年の敬老の日に中1の孫娘が作品とメッセージをくれた。

 心身共に健勝であるがゆえに、アレコレと挑戦が続いている。アウトドアの挑戦には、リスクは必須!(おばんあ沖縄カヤック2022は、スイス(2015~2019;トラベルパス)以上に難易度が高かった。妻と彼女を伴った2019年スイスは集大成と自己評価し得る最上の1週間となった。が、初めての沖縄の海、海流、潮位、天候・風(風向き・風力)、運行便数が少ない路線バス、バス停と出艇地の距離、出艇の可否に係る事前調査など、さらに、現地で気づいたが7/14 スーパームーンの満月で大潮(満潮は良いが)干潮時間帯はゴム(塩化ビニル)製のカヤックであるがゆえに、艇底を傷つけない配慮など、多種多様の情報を収集、評価し、安全な出艇を構築する作業の難易度は極めて高かった。

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 医学部ないし建築学科を思案した際、即ち、建築に関連して、緻密に情報を整え、構築する作業は、自主旅行を整える過程と同様で、さらに、振り返ってみれば、ハイリスク新生児医療において、赤ちゃんと対峙して、どう保護・支援していくかの過程や、造血幹細胞移植、感染対策等においても同様だった。時系列的には、医療において成果を得て、余力での自主設計旅行も同じことだと気づいた。

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 さて、「​おばあしゃんに心配かけないようにネ!」に対する[結]が得られない。

 オペラ・演奏会に出かける際、(わがカミサマが同行しないので)別空間となれば、万が一(億が一)、大地震・震災に遭遇した際の再会等の懸念は皆無ではない。

 地元にいても、通勤の際に、列車が大事故を起こす可能性は 0% ではない。(マイカー通勤は危険性が高まる。)

 一方、常時一緒に居ることには、カミサマは明らかに No!としている。

 「亭主元気で留守が良い」転じて、「わが家は“放し飼い亭主”」と友人に話したと。的を得ている。

 演奏会等でホテル宿泊の際、当直で病院で夜を過ごす際など、カミサマはわが家で気儘に夜を過ごしておられる由。

 結局は、アウトドア、実質、カヤックの際の安全確保が最重要課題となる。

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 わが人生の今後:目下のところ、全く見通せない(72歳)~自身が命に係わる事象に陥り、かつ、自身で意思表示できない場合は「あらゆる延命措置を拒否する。仮に、自身の意思を知らないで開始された人工呼吸は即中止!、昇圧剤等の全薬剤も不使用、末梢輸液も中止!」これらのことは、還暦年以降、全く軸ブレ無し!

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:輪廻・新たに

10/29-30(-)の沖縄カヤック・単独行11/3-5(-)発端彼女の名古屋連泊2023/1/28-29(-)レンタカーで巡る桜の沖縄は、自宅に例えるなら[基本設計][実施設計]が完了!(11/3-5の鉄道は未発売)。

 2023/4/11(-)は、わが大阪の定宿[ロイヤルキャンバス大阪北浜]の共有体験(部屋はでラックツインで小生も初体験)と、11(土)♪兵芸小ホールで川口成彦のフォルテピアノ、12(日)京都劇場で【ノートルダムの鐘】を[基本設計]~カミサマ是で、ホテル予約のみの段階

:2023/7/8-15(-)の沖縄カヤックの[基本設計]が整っている。7/8-14(-金)の6連泊は2022年と同じゆがふいんおきなわの最上室を予約済(底値)で、7/14-16(金-)の連泊は宿泊歴のある白浜ホテルを予定(予約未開始)。沖縄行の際は、実績・今後とも三宮で前泊。大潮の7/16()は三宮で後泊し、完遂の余韻飲食をし、17(月・)の帰鳥!

:2024/7/6-20(-) 15日間有効のスイストラベルパスを初使用!単独行・カヤック持参/Emirates でジュネーブへ。前半はグリンデルワルトの定宿に8連泊、後半はサン・モリッツの(2020年に契約歴のある)★★★★ホテルに6連泊(:ホテルは計14泊で、往復の機中2泊:計16泊17日)!Turkishairlines が関空復活なら選択!

 

:[ウィーンへの里帰り]も2024/5に復活;以降年 単独 or 希望する誰かを伴い、ウィーン、スイスへ。 

 準公務員契約医師を退職後は、歌劇場・オーケストラの要に、ドイツ各地を北(ハンブルク)から南(ミュンヘン)へ数泊しながら移動し、ザルツブルクで1994年以来となる2連泊し、ウィーンに里帰り:約1か月の滞在も視野に!

 Emirates:2022/9/ 満2歳時点で、2023/7の情報!(SBBは曜日を合致させた2022/9情報)

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​チェックインし、自室に荷物を置いたら出発!

初日()は以上

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2日目以降は[2023年 スイスでカヤック/グリンデルワルト連泊]でシミュレーション済

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9日目()移動日

10日目以降は[2023年 スイスでカヤック/サン・モリッツ6連泊]でシミュレーション済

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15日目・最終日(

1時間40分前に空港駅着 スーツケースを預け、出国手続き等を済ませて、ZRH 15h25⇒

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★ とにかく、プーチンの戦略戦争が収束することが大前提!

収束しない・・・ならば、日本の海外・沖縄でのカヤック三昧や、夫婦で国内各地へ・・・

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この後の[起承転結は 72歳~ ]​へ

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